そうかと言ってこれっきり私と縁を切ってしまうつもりはないだろうと思いまして、あれこれと言ってやったのですが、女は逆らいもせず、また姿を隠して私を尋ね惑わせることもせず、こちらの言うことにも恥をかかせない程度に答えながら、ただ『これまでのような浮気心を見過ごすことは出来ません。 浮気をやめて落ち着かれるなら一緒にいても良いのですが』などと言うのですが、だからと言って気持ちが離れてしまうはずはないだろうと思っておりましたので、少し懲らしめてやろうという気持ちから、『そのように改めよう』とも言わず、こちらも意地を張って見せておりました。 ところがそうこうしている間に、女はたいそう思い悩んで、とうとう亡くなってしまったのです。 冗談もほどほどにするものだと思い知りましたよ。 妻として頼りにするべき女として、これくらいがちょうど良かったのにと思い出さないではいられません。 ちょっとした趣味事でも本当に大事な用件でも、相談のし甲斐があり、染め物や縫い物の腕前も、竜田姫と言っても不相応でなく、棚機女の手にも劣らないほど優れていたのです」
と、しみじみと思い出すのでした。 頭の中将は「その棚機女の縫い物上手を少し控えめにして、牽牛との長い契りにあやかれば良かったものを。 ほんとうにその竜田姫の染め物のように、他にかなう女はいないでしょうね。 ちょっとした花や紅葉のようなものでも、その折々の色合いが調和せず、はっきりしていないのは見栄えがせず、露のように消えてしまうものです。 だから妻を選ぶのは難しいもので、なかなか決めかねるのです。」と、話を引き立てられるのでした。
「また、それと同じ頃に通っていた女は、人柄も優れていて、心映えも情趣深く、歌を上手に詠み、文字も美しく書き流し、掻き鳴らす琴の音など、手でする技口にする言葉のどれをとってもみな優れていると、噂にも聞き実際に見もしておりました。 見た目も悪くない女でしたので、例の嫉妬深い女のほうは気のおけない妻として、こちらのほうへは時々隠れて通っていた時には、格別に気に入っておりました。 嫉妬深い妻が亡くなって後は、なんともしようがありませんから、気の毒なこととは思いながらも過ぎたことなので、こちらの女のほうへしばしば通い馴れてくるうちに、少し派手過ぎてなまめかしく、浮気っぽいところが見えてきまして、そういうところが気に入らず、生涯頼りにする女とは思えませんでしたので、たまに通う程度にしておりましたところ、ひそかに心を通わせる男が出来たようなのです。
神無月(十月)の頃の月が美しかった夜、宮中から退出しようといたしましたら、ある殿上人がやって来て、私の車に相乗りして来たのです。 私は父の大納言の家に行って泊まろうとしていたのですが、この者が、『今夜私を待っているだろうと思われる女がいるのだが、それが気になってね』などと申しまして、この女の家がまたどうしても通らなければならない道にあったのです。 荒れた土塀のの崩れから池の水面の輝いているのが見え、月さえ宿っている家を素通りすることも出来ず、私も車を降りてみました。 男は以前から心を通い合わせていたようで、妙にそわそわしながら、門に近い渡殿の簀子のようなよころに腰をかけ、月を眺めておりました。 菊の花が美しく色変わりして、先をあらそうように風に散る紅葉など、いかにも情趣深く見えたのです。 この男、懐から笛を取り出して吹き鳴らし、「影もよし」などと途切れ途切れに歌っておりますと、家の中からは、美しい音のする和琴の、前から調子を合わせてあったようなのを、見事に合奏しておりますのが、まんざらでもない腕前なのです。 律の調子は、女がやわらかに弾き鳴らして、簾の内から聞こえてくるのも今風の音色で、清く澄んでいる月によく調和しております。 男はそれをたいそう誉めて、簾の近くに歩み寄り、『庭の紅葉を踏み分けた跡もありませんね(庭の紅葉こそ踏み分けたる跡もなけれ)。 訪ねてくる人もいないのでしょう』などと女をからかっております。
菊を折って、
『琴の音も月もえならぬ宿ながら
つれなき人を引きやとめける
失礼いたしました』などと言って、『もう一曲、あなたの琴の音を聴きたがっている者のいる時、手を惜しんではいけませんよ』などすっかり調子に乗って言っておりますと、女はいやに気取った声で、
『木枯に吹きあはすめる笛の音を
ひきとどむべき言の葉ぞなき』
と、男の気をひくように詠み返し、こちらの見てはいられないような気も知らず、また箏の琴を盤渉調に調律して、今風に掻き鳴らす爪音は、見どころがないとは言えませんが、目をそらしてしまいたいような気持ちがいたしました。 ただ時々言葉を交わす程度の宮仕えの女房などが、思う存分色気じみているのは、そのように見ている間は面白いものでしょう。 しかし時々ではあっても通い所として、大切な縁とするには頼りない女と思われまして、その夜の出来事にかこつけて縁を切ったのです。
この二人の女の事を思い合わせますと、いくら若い時の気持ちでも、やはりそのようなやり過ぎは、信頼できないものと思われました。 ましてこの歳になりますと、いよいよそう思わずにはいられません。 御心のままに手折れば落ちてしまいそうな萩の露、拾えば消えてしまいそうな玉笹の上の霰などのような、なまめかしい色っぱさに興味を引かれないではいられないでしょうが、今はそうであっても、七年も経ってみればきっとお解りになることでしょう。 私のようなつまらない者の忠告とは言え、色っぽくふるまう女にはご注意なさいませ。 そのような女はなにか失敗をして、相手の男の評判をも貶めてしまうものです」
と言い聞かせます。 頭の中将は、例のごとく頷いています。 源氏の君は少し微笑んで、それはそうだとお思いになっていらっしゃるようです。 「どちらにしても人聞きのよくない、みっともない身の上話だね」とおっしゃるので、みな笑い合っておりました。
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