新釈・源氏物語

 
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桐 壺 〈二〉
 その年の夏、若宮の母更衣は、ちょっとした病になられ、里へ下がろうとなさるのですが、はどうしてもお許しになりません。 この数年、常に病がちでしたので、またいつものこととお思いになり、「もう暫くここで養生して様子をみなさい」とだけおっしゃっているうちに、更衣の病は日々重くなられ、わずか5、6日の間にひどく弱々しくおなりになってまいりましたので、更衣の母君が涙ながらに願い出て、里へ退出をおさせになったのでした。 更衣はこのような時にも、あってはならない恥辱を受けることのないようにと気をお使いになり、若宮を宮中にお残しして、人目をさけて退出なさるのでした。
 引き止めるにも限度があり、帝もいつまでもとどめさせることはお出来になりません。 ご身分柄、見送りさえもお出来になれないことを、言いようもなく苦しくお思いになりました。 たいそう美しく可愛らしい更衣が、ひどく面やつれ、しみじみと物思いに沈みながら、それを言葉にすることもお出来にならず、今にも消え入りそうなご様子でいらっしゃるのをご覧になると、帝はこれまでのことや今後のこともお考えになれないご様子で、たくさんのことをあれこれと涙ながらにお約束なさるのですが、更衣にはお返事さえ申し上げることもお出来になれず、目もとなどもひどくだるそうで、いっそう弱々しく生気を失った顔色で横たわっていらっしゃるので、帝はこれからどうなるのだろうかと途方に暮れていらっしゃいます。 更衣のために手車をお許しになる宣旨を出されてからも、また更衣のお部屋に引き返されて、どうしても里下がりをお許しになれないのでした。 死出の旅路にもどちらが後先にならないよう二人一緒と誓い合われたものを、「万一のことがあっても、私を残したまま、一人で去っては行けないでしょう」とおっしゃるのを、更衣もたいそう悲しくお思いになり、

    「限りとて別るる道のかなしきに
            いかまほしきは命なりけり

こんなことになると、前々から知っておりましたなら」と息も絶え絶えに、まだ申し上げたいこともおありのようなご様子でしたが、とてもお苦しそうで気力もなさそうでしたので、帝は、どうなるにしてもいっそこのまま最後まで見届けてやろうとお思いになるのですが、お側の者が「今日から始めることになっているご祈祷などを、霊験あらたかな高僧たちが承っておりまして、今夜から始めますので」と申し上げて急がせますので、どうにもやりきれない思いをなさりながら里へお下がらせになったのでした。
 その夜、帝は寂しさで胸がいっぱいになって、うとうとと眠ることもお出来になれず、夜を明かしかねていらっしゃいました。 御見舞いに使わされた使者が戻ってくるほどの時間もたたないのに、気がかりでならないと繰り返し繰り返しおっしゃっておられるうちに、里の者が「夜中過ぎに、亡くなってしまいました」と泣き騒ぐので、御使者もどうしようもなく、帰ってまいりました。 それをお聞きになった帝は途方にくれ、何を考えることもお出来にならず、お部屋へ引き籠もっていらっしゃいます。
 帝は、若宮が母君をなくされても、いつまでも宮中において、ご覧になっていたいとお思いになるのですが、喪中に宮中にいるというのは前例のないことなので、母君の里へお下がりになることになりました。 若宮は何が起こったかもおわかりにならず、女房たちが泣きまどい、帝もしきりに涙を流しておられるのを、不思議そうにご覧になっていらっしゃるのでした。 普通の親子でさえもこのような別れが悲しくないはずもありませんのに、ましてこんなに幼くして母君をなくされた若宮の哀れさには、言葉もございません。
 いくら惜しんでいても限りのないことですから、作法に従って亡骸を火葬にするにも、更衣の母君は、「娘と同じ煙になって、空に昇ってしまいたい」と泣きこがれ、野辺の見送りの女房たちの車に、後から追いすがるように乗り込み、愛宕というところでたいそう厳粛に葬儀がとりおこなわれている最中に辿り着かれた時のお気持ちは、どのようなものだったでしょうか。 もはや魂のない亡骸を見ていても、やはりまだ生きているもののように思うのも甲斐のないことですから、「灰になられるのをお見届けして、本当に亡くなってしまったのだと、諦めてしまいましょう」と、気丈におっしゃっていても、今にも車から転び落ちそうになるぼど、おろおろとうろたえていられるので、女房たちも、たぶんこんなことだろうと思っていたと、困り果てておりました。
 宮中から、使者がまいりました。 亡き更衣に三位を送られる旨、勅使がその宣命を読み上げることが、なおさら悲しくなるのでございました。 帝は亡き更衣を、生きていらっしゃるうちに女御とだけでも呼ばせることもお出来にならなかったことが、心残りで残念なこととお思いになり、せめてひとつ上の位にでもと、お送りになったのでした。 このことにでもまた、更衣を憎む人は大勢おりました。
 それでも、もののあわれを知る人々は、亡き更衣の姿かたちの美しかったこと、気だてのおだやかで憎めなかったことなど、今となってあらためて思い出すのでした。 見苦しいほどのご寵愛のために、意地悪く蔑んでいたものの、今となっては、その人柄のしみじみとして思いやりの深い心を、帝の女房たちもあらためて思い出して懐かしく思うのでした。 「亡くなってしまうと、懐かしく思われる (なくてぞ)」という古歌は、このような時のことだと思われます。
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